「諸概念の迷宮(Things got frantic)」用語集

本編で頻繁に使うロジックと関連用語のまとめ。

【用語集】【段階的発展説】T.クーン「パラダイム論」への到達から逆算した「段階発展説」

段階的発展説」そのものにも歴史があります。

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ベルギーの認知心理学M・ドゥ・メイは「科学とは何か」「科学知識はどのような特質をもち、どのように獲得することができるか」をめぐる議論、すなわち「科学論」の発展を次の四段階にまとめている(ドゥ・メイ、1990年)。

  • モナド論的段階(古典的実証主義)…科学知識に関する素朴かつ古典的な見方である。また、おそらく多くの科学者は暗黙のうちにこの科学観を採用している。「モナド(単子)」は17世紀ドイツの哲学者ライプニッツの用語で「宇宙を構成する(それ以上の分割が不可能な)最も単純かつ完全な要素」とされる。科学者は、観察を通じて「モナド的事実=互いに切り離された単純な事実やデータ」を、収集し記録する。科学知識の体系はそのようにして集められたカタログのようなものとみなすことができる。こうして科学知識は科学者の営々たる努力を通じて確実に増大していき、カタログは日増しに分厚くなっていく、と考えられる。このような考え方は「実証主義(positivism=プラス主義)的科学論」と呼ぶことができる。

  • 構造論的段階(論理実証主義)…モナドな事実やデータは、実際上、単独では判別できないか、あるいは意味不明の場合が多い。経験によって得られた多くのモナド的な事実やデータの間に見出される何か特別の様式、すなわち論理ないし構造が、明らかにされて初めて意味が与えられると考えることができる。かくて第一次大戦後のウィーンに現れた「論理実証主義」と呼ばれる人々は「科学知識の本質=知識を知識たらしめている論理や構造」にあると考え、論理学や数学の助けを借りながら、科学知識の構造の分析に努めた。

  • 文脈論的段階(科学の科学)…1930年代頃から科学史家や科学社会学者らによって提出された見方で「科学や科学知識の本質=事実やデータから科学知識が生み出され、それらが利用されていく文脈」と考える。例えば個々の科学知識の成立と特定の文化的・社会的・経済的利害関心との関連が熱心な論議の対象となってきた。さらに「科学者集団」に関する数量的な研究も含めて、多くの社会学的研究がなされた。「科学という営みそれ自体を、さまざまな手法を用いて科学的に分析すること(科学の科学)」が精力的になされてきたわけである。しかし、科学をとりまく文脈は多種多様であり、科学の発展にとって、また個々の科学知識の成立にとって、どの文脈が決定的な役割を果たしたかは、しばしば確定し難い。
  • 認知論的・解釈学的段階(パラダイム)…1960年代初頭に提起されたクーンの「パラダイム」は従来の科学論に強烈な衝撃を与えた。一方1970年代以降認知科学の展開は、クーン以降の科学論との間に接点を作り出すに至った。なぜなら、「事実やデータは、観察者が選択した“世界モデル”に応じて、総合的に分析されて了解される」という認知科学における知見は、科学者も自らの世界モデルによって世界を分析し了解していることを強く示唆しているからである。実際、クーンの科学論の基礎になっている「パラダイム」とは、観察者=科学者の世界モデルに他ならないとみることもできるのである。さらに、晩年のクーン自身も気付いていたように「パラダイム世界モデルを通じての科学研究と科学知識の獲得のプロセス」に解釈学的解釈(hermeneutic interpretation)の可能性をみてとることもできる(クーン,1994年)。もし、このことを認めると自然を対象とした知識人間や社会を対象とした知識との間には、本質的な違いは存在しないことになる。

このように、現在の科学論は、パラダイム論の登場をきっかけにして、自然科学のみを対象とするのではなく、認知一般に、また、知識一般に開かれた論議の場となっているのである。

T.クーン「パラダイム論」への到達から逆算した段階的発展説

  • 近世(17~18世紀)~近代(19世紀~20世紀初頭)において主流だったモナド論的/神義論(Theodizee)的段階(古典的実証主義)
  • 第一次世界大戦(1914年~1918年)以降現れた構造論的段階(論理実証主義)
  • 1930年代頃から科学史家らが提唱を始めた文脈論的段階(科学の科学)
  • 1960年代初頭T.クーンが提言を開始し、1970年代以降認知科学の発展によって主流派の座を占める様になった認知論的・解釈学的段階(パラダイム)

ただしこの考え方はあくまでそこで論じる実証主義(英Positivism、仏Positivisme、独Positivismus)の範囲をあえて「(形而上的諸概念に一切頼らず)揃えたエビデンスにのみ立脚して(あらかじめ用意された結論に向けて)論を立てる」(タルコット・パーソンズの社会システム論を主流とする1960年代までの社会学を特徴づける)アメリカ式実証主義の範囲に留め「閉世界仮説を採用すると空集合となる筈の全体集合の補集合に次々と追加される新要素を捌く流儀に一貫性を持たせるフランス式実証主義の範囲には一切触れていないのです。