「諸概念の迷宮(Things got frantic)」用語集

本編で頻繁に使うロジックと関連用語のまとめ。

【用語集】「自殺を煽る」近世コンテンツの病理

絶対王政全盛期の18世紀フランスではアベ・プレヴォマノン・レスコー(Manon Lescaut ,1731年)」に代表される「王侯貴族の次男坊以下が軍隊の将校や教会の聖職者に押し込められた境遇を不服に思い、政略結婚に使えなくて修道院に押し込められた王侯貴族の娘と駆け落ちしたり、高級遊女に誘惑されて破滅的結末を迎えるラブロマンスが流行し、マルキ・ド・サド文学ゴーティエ死霊の恋La Morte amoureuse、1836年)」、アンデルセン即興詩人Improvisatoren,1835年)、小デュマ椿姫La Dame aux camelias,1848年)」などに影響を与えました。

この種の物語がすべからく悲劇的結末を迎えるのは当時の体制に対する配慮という側面もあったといいます。むしろ今日の関心を引くのは、かかる強烈な「ここではない何処か」に向かいたい感情がどの土地に結び付けられてきたかだったりします。

特に重要だったのがその最初期の段階。ルソーがフランスで「ジュリまたは新エロイーズ(Julie ou la Nouvelle Héloïse、1761年)」を発表すると、ドイツでゲーテがこれを換骨奪胎する形で「若きウェルテルの悩みDie Leiden des jungen Werthers、1774年)」を発表して大成功を収めた瞬間。

若きウェルテルの悩み」は単なる模倣ではなかった。英国やスイスやベルギーやチェコカタルーニャアメリカでは自然発生的に広がった産業革命。その導入方法がフランスやドイツに波及する過程で他地域へも伝播可能な内容に編纂されたのと良く似ている。ここで重要な鍵を握ったのは「地上のあらゆる知識を網羅し尽くそうとするフランス啓蒙学的妄執」の「知り得た事の限りを尽くして自らの世界観を構築しようとする一個人の苦悩」への置換。それで全体の分量が大幅に削減され、内容も現代人の再読に耐えるものになった。実際現代日本でも「若きウェルテルの悩み」は相応に読み返されているが「新エロイーズ」の場合は、それを読破する事そのものが宗教的苦行と認識され、敬遠されていたりする。

ただしこの作品の流行は「若者の自殺を急増させる」という副作用を伴ったのです。

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【用語集】古典的浪曼主義の地理的視界について。

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絶対王政全盛期の18世紀フランスではアベ・プレヴォマノン・レスコー(Manon Lescaut ,1731年)」に代表される「王侯貴族の次男坊以下が軍隊の将校や教会の聖職者に押し込められた境遇を不服に思い、政略結婚に使えなくて修道院に押し込められた王侯貴族の娘と駆け落ちしたり、高級遊女に誘惑されて破滅的結末を迎えるラブロマンスが流行し、マルキ・ド・サド文学ゴーティエ死霊の恋La Morte amoureuse、1836年)」、アンデルセン即興詩人Improvisatoren,1835年)、小デュマ椿姫La Dame aux camelias,1848年)」などに影響を与えました。

この種の物語がすべからく悲劇的結末を迎えるのは当時の体制に対する配慮という側面もあったといいます。むしろ今日の関心を引くのは、かかる強烈な「ここではない何処か」に向かいたい感情がどの土地に結び付けられてきたかだったりします。

①アベ・プレヴォー「マノン・レスコー(Manon Lescaut ,1731年)」

最後に流刑地としてのフランス領ルイジアナが登場する。

一方アメリカにおいて(知らない間に英国人入植地に併合されていたオランダ人入植地同様)「旧フランス入植地」は異国情緒の源泉として機能してきた。「夜明けのヴァンパイア(Interview with the Vampire,1976年,1994年映画化) 」を第一作とするアン・ライス(Anne Rice、1941年~)の吸血鬼文学発祥地でもある。ネットドラマゲーム・オブ・スローンズ(GoT=Game of Thrones, 放送2011年~2019年)」原作「氷と炎の歌(Song of Ice and Fire)シリーズ(1996年~)」が代表作となったニューヨーク出身のジョージ・R・R・マーティンがそれ以前に手掛けた吸血鬼物「フィーヴァードリーム(Fevre Dream,1982年)」もまた主要舞台はミシシッピー河流域を往復する汽船だったりする(時代設定は南北戦争開戦前夜)。

 

カソリック文化圏+女性作家」といえば当時はフロリダ州マイアミ出身のパトリシア・コーンウェルの手になる「検屍官(Postmortem)シリーズ(1990年~)」もまた一世を風靡した事を忘れてはならない。こちらでも「狼男」といったフランス本国出身のサイコパス犯罪者が独特の活躍を見せた。

そういえば(黒人文化と白人文化が混交する)カリブ諸島に傾倒した007小説作家イアン・フレミング死ぬのは奴らだ(Live And Let Die,1954年。日本では1957年にハヤカワ・ポケット・ミステリの一点として刊行され、これがシリーズ最初の邦訳となった。黒人観客取り込みを狙って1973年映画化。同時にアジア系観客の取り込みも狙って格闘技要素増大)」の主要舞台の一つでもある。第1作こそ冷戦下におけるフランスのカジノを舞台とする一幕劇的死闘を主題とした「カジノ・ロワイヤル(Casino Royale:You Asked for It,1953年)」だったが、初めて映画化されたのはカリブ諸島そのものを舞台に選んだ「ドクター・ノオ(Doctor No, 1958年,映画化1962年)」だったし、大作映画化への第一歩を踏み出したのもまた当時の水中撮影技術発展を活かすべく改めてカリブ海を舞台に選んだ「サンダーボール作戦(Thunderball,1961年,映画化1965年)」だったのである。

 

こうした文化的差異は米国における東海岸文化と西海岸文化の伝統的対峙にも人種論や国籍論を超越する形で浅からぬ影響を与えてきたのである。

マルキ・ド・サド文学

文学史上最初期の職業編集者/職業作家」に分類されるエドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe, 1809年~1849年)同様、市場マーケティングの結果を自作に反映させた最初期の作家の一人で、この分野について後世に興味深いカタログを残す事になった。主な舞台として選ばれた「外国」はヴェネツィアフィレンツェといったイタリア諸都市、および地中海沿いに連続するギリシャ地方とその奥に広がる東欧諸地方。バルバリア海賊の本拠地だったアルジェリアチュニジアリビアといった北アフリカ沿岸部。(当時フランスと良好な関係にあった文化的先進国)オスマン帝国が(それぞれの地域の悪徳を裁き切れずにいる)善意の第三者として比較的好意的に描かれる一方で(当時なお異端審問が形式上続いていた文化的後進国)スペインへの言及は悪意に満ちており、その一方でハプスブルグ公国への言及は原則として憚られているが、(まだマーケティング結果の反映が見られない)処女作「ソドム百二十日あるいは淫蕩学校(Les Cent Vingt Journées de Sodome ou l’École du libertinage, 1785年)」では「太陽王ルイ14世時代に悪逆の限りを尽くして蓄財した悪人達が粛清を予期して選んだ最後の蕩尽の地」としてフランスに隣接する森深きドイツの山岳地帯シュヴァルツヴァルトが例外的に登場する。 かかる形での「神秘が現存する後進地域としてのドイツ」の独特の雰囲気(Atmosphere)は、フランス革命ナポレオン戦争によって王権と教会の既存権威の動揺が始まった時代に上梓されたフーケ「ウンディーネUndine、1811年)」にも継承されていく。

 ③バイロン(George Gordon Byron, 6th Baron Byron, 1788年~1824年)「チャイルド・ハロルドの巡礼1・2巻(Childe Harold's Pilgrimage, 1812年)」

18世紀フランス絶対王政の英国貴公子はグランドツアー(Grand Tour)と称して(文化的先進地たる)パリに滞在しイタリア諸都市を巡るのを常としていた。
フランス革命ナポレオン戦争によってその継続が不可能となったのでバイロンは、1809年から1811年にかけてポルトガルスペインギリシャといった地中海沿岸地域を廻り、その経験を生かしてこの異国情緒あふれる詩集を上梓したのだった。その後社交界の寵児として乱れた生活を送った結果英国に留まれなくなり、シェリー夫妻とスイス各地を巡遊。ヴェネツィアラヴェンナピサジェノヴァなどで退廃した生活を続ける。1823年ギリシャ暫定政府代表の訪問を受けて2年前から始まったギリシャ独立戦争へ身を投じることを決意、1824年に現地入りを果たして熱病にかかって死去。
バイロン卿のロマン主義文学や(1786年のイタリア旅行に始まり、1805年のシラーの死をもって終わる)疾風怒濤期からヴァイマル古典期にかけてのゲーテ文学の基底には、ハプスブルグ帝国がオスマン帝国に対し軍事的優勢を誇る様になって奪還した東欧諸地方より伝わった吸血鬼譚欧州伝統の精霊譚の混交が確実に含まれてくる。例えばキリスト教伝来期のギリシャを舞台に選んだゲーテコリントの花嫁The Bride of Corinth、1797年)」に登場する少女吸血鬼(オリジナルの東欧伝承に近い「生者を自らの側に引き込もうとする死体」)は(ワーグナータンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦(Tannhäuser und der Sängerkrieg auf Wartburg,1845年)」には騎士吟遊詩人たる主人公を魅了する「反キリスト教的存在=妖精の隠れ里」の女主人として現れる)ギリシャ神話の女神ヴィーナスが冥界の女王として(現体制への復讐を企図し)仮初の生命を吹き込んだ存在であった(そう、あたかも)。そしてイオニア七島(ケルキラ島、パクシ島、レフカダ島イタキ島ケファロニア島ザキントス島、ストロファデス島)を舞台とするバイロン卿の物語詩不信心者The Giaour、1813年)」の時代設定も英国統治時代(1809年から1810年、1814年から1864年にかけて。以降はギリシャ)以前=ヴェネツィア共和国統治期(1386年〜1797年)終焉後、すなわち事実上オスマン帝国ロシア帝国が共同統治したイオニア七島連邦国時代1800年〜1807年,当時はロシア軍が現地に常駐)で、オスマン帝国から半ば独立しフランスやイギリスと独自外交を行ったアルバニア人地方豪族テペデレンリ・アリー・パシャ(1750年?〜1822年。その過酷な支配から「イオアニアのライオン」と呼ばれ1822年オスマン軍の攻撃により殺害)によるモレア略奪も一段落ついた頃とされている。ここで物語展開の機軸に選ばれた「不信者の烙印を押された者は自らの子孫を滅ぼし続ける」なる伝承もまたオスマン帝国経由で東欧より伝わった吸血鬼譚の一バリエーションであり、皮肉にもバイロン自らが(欧州遍歴に専属医として同行した同性愛者の恋人)ポリドリが嫉妬を込めて発表した「吸血鬼(The Vampire 1819年)」の大ヒットを契機にその眷属の代表格として取り込まれていく事によって近代吸血鬼譚の重要な原型の一つが完成する形となったのである。

かかる「(王権や教会といった既存権威に立脚した当時の欧州体制を批判する)不穏な反キリスト精神」こそが(バイロン卿の欧州旅行に同行した)英国浪曼派詩人パーシー・シェリPercy Bysshe Shelley、1792年~1822年)の手になるソネットオジマンディアス(Ozymandias, 1818年,古代エジプト王朝の滅亡とナポレオンの栄華の儚さを重ねた当時のシェリーの代表作)」や長詩縛を解かれたプロメテウス(Prometheus Unbound,1820年)」さらにはその妻メアリが上梓した「フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス(Frankenstein: or The Modern Prometheus,1818年)」にも共通して流れる基底になったといえよう。

人類に禁断の火を与えたプロメテウス」といえば、セットで連想されるのは当然「思い上がった人類を罰する為に遣わされたパンドラ」となる。どうやらその大源流はエジプト神話における「バズテト(Bastet)=セクメト(Sekhmet)二重女神説」、インド神話における「パールヴァティー(Parvati)ドゥルガー(Durga)=カーリー(Kari)三位一体説」、さらにはフェニキア商人黄金期(紀元前10世紀頃〜紀元前1世紀、ただし東地中海では紀元前8世紀以降、数的優位に物をいわせて植民都市を建築し続けたギリシャ商人に競り負ける)に地中海沿岸部全域に渡って内容標準化が図られた形跡が見受けられる「バール(男主人)/バーラト(女主人)二重信仰」、そして家母長制から家父長制への歴史的変遷を暗喩するテーバイ叙事詩における「カドモスとハルモニアの結婚(およびこれを発端とする「テーバイの七将攻め」における「ハルモニアの首飾り」や「エピノゴイ(後継者)戦争」における「ハルモニアの花嫁衣装」が果たすネガティブな役割)」などであり、どうやらこれらの顕在形は当時それなりの形で水面下で連続していたらしい。

科学実証主義的手段を信用しない古典的浪曼主義は、精々こうした歴史的背景について再照明の機会を与えるのが精一杯で、史料的欠損部を文学的想像力によって強引に補おうとした「ケルティックルネサンス(Celtic Renaissance)」はほとんど再発明の領域にまで到達してしまう。しかもそれはそれで面白いという発想が出てきてアングロ・アイリッシュの作家ダンセイニ卿の手になる「ペガーナの神々(The Gods of Pegāna, 1905年)」を筆頭に掲げる「創作神話」なるジャンルが開けたのだった。ここから先はもう近代メディア論の世界に突入してしまう。

それにつけても「放射能の発見者キューリー夫人(Maria Salomea Skłodowska-Curie, 1867年~1934年)に対して「(クォーツ時計を誕生させた)ピエゾ素子の動作原理」の発見者たるピエール・キュリー(Pierre Curie, 1859年~1906年)の評価が不当に低い様に「シェリー夫人の夫パーシー・シェリの評価も同様に低い事に何か共通する呼称を与えたい気もする。

ちなみに現代の若者文化に古典詩オジマンディアス」を復活させたのはTVドラマ「ブレイキング・バッド(Breaking Bad,2008年~2013年)」の功績だったりする。まぁ日本人の多くが平家物語(13世紀成立)の一節「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。 娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。 おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。 たけき者もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ」を連想する様な感じで「無常感を表す歴史的表現」として定着したとでも考えておけばまず間違いない。
一方当時のゲーテフランス革命によって国を追われた少女ドロテーアとドイツの純朴な青年ヘルマンが出会い結ばれる過程を市民的節度を賞揚しつつ描いた恋愛叙事詩ヘルマンとドロテーア(Hermann und Dorothea, 1797年)」を発表し、当初からドイツ市民層の間で広く読まれている。こうした文化の基底にあったのはフランスにおいてユダヤ教徒ユグノーに対する迫害が激化する都度、その受け皿となって発展してきたドイツ文化の矜持であった(ここでいう「ドイツ文化の矜持」はハプスブルグ帝国の首府オーストリアのウィーンやバイエルン地方を中心とする大ドイツ的イデオロギーと対立した小ドイツ的イデオロギーの大源流であり、プロイセン王国の首府ベルリンや「(亡命ユグノー受容で拡大してきた)グリム童話の故郷」ヘッセン州などを中心とする)。逆をいえば当時のドイツ人有識者にとっては上掲の様な吸血鬼譚の系譜より、よほどこうした基底の方が重要だったとも。そしてかかる機運がプロイセンを中心とするドイツ統一を主張するプロイセン学派を率いる歴史学者ドロイゼン(Johann Gustav Bernhard Droysen, 1808年~1884年,「(アレキサンダー大王の東征から古代ローマ帝国によるプトレオマイオス朝エジプト併呑までを一つの時代区分として切り離す)ヘレニズム時代」概念の提唱者)の台頭や「グリム童話(Grimms Märchen, 初版 1812年~1815年)」編纂といった民族運動を準備したとも。
ゲーテの手になる教養小説の古典「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代(Wilhelm Meisters Lehrjahre, 1796年)」の続編「ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代(Wilhelm Meisters Wanderjahre,1829年)」において主人公達が最終的にアメリカへと渡るのもまた一応は上掲の近世ロマン文学の延長線上で語り得るが、実はこの流れ自体は「フランス小浪曼派」を代表する一人たる狂詩人ネルヴァルが「ファウスト(Faust,第一部1808年、第二部ゲーテの死の翌年1833年第一部」を筆頭とするゲーテの諸作品やE.T.A.ホフマンの幻想的短編小説のフランス語訳発表(1829年)で名を挙げたのに端を発する「国際的再評価期」に含まれる。ゲーテ自身も30年前のイタリア旅行を回想しつつ書いた「イタリア紀行(1817年)」を上梓し、オリエント文学への興味増大からコーランやハーフェズの詩に触れ「西東詩集(1819年)」を刊行する過程で「文学は世界的視野を持つべき」と考える様になりエマーソンなど多くの国外の作家から訪問を受け、バイロンに詩を送り、ユーゴースタンダールなどのフランス文学を読んだ時代に属するのである。

それにつけても「現実は常に裏切る、なんて残酷なの」である。戦前から終戦直後にかけて日本の推理小説ジャンルの最前線で活躍した江戸川乱歩横溝正史1970年代リヴァイヴァル期に「(ドグラ・マグラ(1935年)」の夢野久作と一緒くたに)日本近代的ノスタルジーを代表する作家」として再規定されてしまった様に「疾風怒濤期からヴァイマル古典期にかけてのゲーテ文学」もまた大衆化が進行して軽薄なものしか受け付けなくなったドイツ本国のビーダーマイヤー期(Biedermeier、1815年〜1848年)にはタナトス(Thanatos=死への誘惑)に憑かれた1810年シューベルトが大衆酒場での合唱用に立て続けに作曲した「野ばらHeidenröslein、1815年)」「魔王Erlkönig、 1815年頃)」「死と乙女Der Tod und das Mädchen、 1817年)」「ますDie Forelle、1816年〜1821年)」の元詩として回想されるばかりとなってしまったのである。そして「狂詩人」ネルヴァルに至ってはフランス幻想文学の英訳で名を馳せた時代のラフカディオ・ハーンに「ただの頭のおかしいおじさん」のレッテルを貼られ、坂口安吾に「おでん屋(おそらくポトフ屋)ですら飲めずその前で首を吊った零落者」と言い広められてしまい、最近まで再評価される事はなかった有様であった。それにつけても「(日本のおでん屋に対応する)フランスのポトフ屋」とは?

ネルヴァルの『ファウスト』解釈 : その訳業の周辺をめぐりつつ

昔、フランスでも、ネルヴァルという詩人の先生が、深夜に泥酔してオデン屋(フランスのネ)の戸をたゝいた。かねてネルヴァル先生の長尻を敬遠しているオデンヤのオヤジはねたふりをして起きなかったら、エエ、ママヨと云って、ネルヴァル先生きびすを返す声がしたが、翌日オデンヤの前の街路樹にクビをくゝって死んでいたそうだ。一杯の酒の代りに、クビをくゝられた次第である。

1855年1月26日ヴィエイユ=ランテルヌ古いランタン)通り(ボードレールに言わせると見出し得る最も汚い一角)の下水道の鉄格子で首を吊っているネルヴァルが発見された。友人たちは、この悪名高い場所でいつもの散歩をしているところを浮浪者たちに殺害されたのではないかという仮説を述べたが、おそらくネルヴァルは自殺したものであろう。しかしながら、普通なら絞首の際の体の動きで落ちたであろう帽子が頭に乗った状態で発見されたので疑問は残る。冬を越すのに充分な額である(とネルヴァル自身が主張した)300フランを求める手紙が発見された。葬儀はパリのノートルダム大聖堂で執り行われている。自殺ではあったが、精神状態のためであったと見なされ、カトリックの葬儀が許されたのである。そしてテオフィル・ゴーティエアルセーヌ・ウセがペール・ラシェーズ墓地の永代使用料を支払った。

H・P・ラヴクラフトはハーンの著作を読んでおり「数多くのロースト・ビーフ型の作家には不可能な幻想をつくりだす」と、かなり好意的な評を残しており、ハーンへの言及ふくむラヴクラフトの一連の怪奇・幻想文学評論は『文学における超自然の恐怖』に収録されております。両者のブードゥーへの興味やアウトサイダーとしての視点には共通点を見出せるのではないかなと。

アンデルセン即興詩人(Improvisatoren,1835年)」

北欧デンマーク出身のアンデルセンが憧れのイタリア南部の名勝旧跡、風光明媚な自然のたたずまいを情熱をこめて描写し国際的ヒット作となった。主人公はローマの貧困家庭に生まれた即興詩人の卵でナポリヱネチア(ヴェネツィア)、カプリ島、そして「遺跡の街ポンペイペスツムを遍歴する。

とっさに思い出したのが辻仁成江國香織による恋愛小説冷静と情熱のあいだ (Calmi Cuori Appassionati, 連載小説1997年~1999年,映画化2001年)」辺り。主要舞台は東京・フィレンツェミラノだった。南イタリアではないのだけれど…

 


日本人は「イタリア最古の海洋国家アマルフィへの関心も深い。魚醤の一種「ガルム」と「しょっつる」が結ぶ縁とも? あ、これは一応「」の話…
そもそもイタリアは何が特殊なのか。その話は欧州において絶対王政顕性政体として台頭してくる以前、すなわち大航海時代到来によって欧州経済の中心地が大西洋沿岸に推移する以前、すなわちイスラム教文化圏キリスト教文化圏より優位に立っていた地中海経済圏においてルネサンス期イタリアの諸都市が欧州における文化的先進地域として台頭してきた14世紀~16世紀まで遡るのである。その直接の契機となったのは黒死病の流行と「アルコール消毒」や「検疫」の概念を有するイスラム教文化圏やイタリア諸都市、それに加え(16世紀から17世紀にかけて農業大国としてオスマン帝国に匹敵する国勢を保った)ポーランド・リトアニア共和国(1569年~1795年)の優位樹立であったという。
英国観点からもヴェネツィアの異国情緒にはまた特別なものがあった。
DCコミックスバットマン(Batman,1939年~)」に登場する女Villainポイズン・アイビー(Poison Ivy, 1966年~)の大源流は概ね(時はただ「遠い昔」とのみ規定され,場所はイタリア北東部パデュア(Padua)=現ヴェネト州パドヴァ(Padova)の植物園とのみ設定される)ナサニエル・ホーソーンラパチーニの娘Rappaccini's Daughter、1844年)」とされますが…

丹羽隆昭「毒に染まった天使『ラパチーニの娘』への一視点」

 

 

ヴェネツィアはその最盛期にはイオニア7島(ケルキラ島、パクシ島、レフカダ島イタキ島ケファロニア島ザキントス島、ストロファデス島)も統治下に置いており(その時代にビザンチン帝国やイスラム諸王朝の文化をも取り込んだある種の汎地中海文化を大成させる。拠点となったのはキプロス島辺り)、そこ出身の小泉八雲(Patrick Lafcadio Hearn, 1850年~1904年)が世界遍歴の末に日本で見出した神話が「牡丹灯籠」や「雪女」であった事が興味深い。思わぬ地中海文化日本文化の接点?

 

産業革命の影響

貴族的浪曼主義文化の展開そのものは(産業革命がもたらした大量生産/大量消費スタイルの到来によって伝統的インテリ/経済的ブルジョワ/政治的エリート階層に代わって消費の主体となった)大衆文化に受容される形で発展的に解消されていく道を辿る。
その過程で「神秘が実存し続けている僻地」は以下の様な形で現れた。歴史的叙事詩においては「ローエングリンLohengrin;1850年初演,ワーグナーのオペラ)」における(ヴァイキング=北方系諸族の略奪遠征とマジャール人西進が深刻だった時代の)オランダ河川敷や「ニーベルングの指環四部作(Der Ring des Nibelungen, 1848年~1874年,リヒャルト・ワーグナーの楽劇)」における(古代ブルグント族が闊歩していた時代の)フランス・ブルゴーニュ地方。こうした歴史的背景を有さないロマンティック・バレーの世界においては「ラ・シルフィード(La Sylphide:1832年,三大バレエブラン(Ballet Blanc)=白のバレエの一つ)」におけるスコットランド山岳地帯、「ジゼル(Giselle,1841年,ティオフル・ゴーチェ(Theophile Gautier)が脚色を担当した三大バレエブラン(Ballet Blanc)=白のバレエの一つ)」「白鳥の湖(Лебединое озеро;1877年初演,チャイコフスキーの手になる三大バレエブラン(Ballet Blanc)=白のバレエの一つ)」におけるドイツ山岳地帯、「レ・シルフィード(Les Sylphides,初演1907年,深夜の森に出現した風の精シルフィードショパンがとりとめもなく語り合うフランスに本拠を置いた亡命ロシア人集団バレー・リュスの演目)」におけるポーランド原野。もはや舞台上の書割りとしてしか残ってない感じ?

そして遂にブラム・ストーカーの恐怖小説「吸血鬼ドラキュラ(Dracula,1897年)」の時代に至っては物語が僻地だけでは完結しなくなり、東欧の僻地を根城とする怪物が上京してロンドンを荒らす様になる。「滅ぼすべき退廃の象徴としての大都市」を「ニーベルングの指環四部作(Der Ring des Nibelungen, 1848年~1874年)」を作曲したワーグナー霧の都ロンドン、「メトロポリス(Metropolis,1927年)」を監督したフリッツ・ラング監督と脚本家テア・フォン・ハルボウは産業革命が生んだ巨大都市ニューヨークから着想した。

【用語集】ニューロマ(The New Romantic movement )とパンク(The Punk movement )③表裏一体の「死への願望(Thanatos)」

とりあえずこれも自分の音楽観を巡る主観的時間の積み重ね方を確認する旅の一つ。

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【用語集】ニューロマ(The New Romantic movement )とパンク(The Punk movement )②エレクトロPOPへの道筋

とりあえずこれも自分の音楽観を巡る主観的時間の積み重ね方を確認する旅の一つ。

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【用語集】ニューロマ(The New Romantic movement )とパンク(The Punk movement )①ヒッピー文化の終焉と重なる胎動期

これまで、以下の様な分類をあまり意識してこなかったのですが…

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【用語集】「ティンダロスの猟犬」について。

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話師:罪を知るものに罪はない。これは「罪の輪」という謎かけだ。考えてみなさい。『罪を知るものに罪はない。では汝に問う。汝は罪人なりや?』
ラッカ:わたしは繭の夢がもし本当なら、やはり罪人だと思います。
話師:ではお前は罪を知るものか?
ラッカ:だとしたらわたしの罪は消えるのですか?
話師:ならば、もう一度問う。罪を知るものに罪はない。汝は罪人なりや?
ラッカ:罪がないと思ったら今度は罪人になってしまう。
話師:おそらく、それが罪に憑かれるということなのであろう。
ラッカ:罪のありかを求めて同じ輪のなかを回り続け、いつか出口を見失なう。どう答えればいいんですか?
話師:考えなさい。答えは自分で見つけなければならない。

私は安倍吉俊灰羽連盟(Ailes Grises,アニメ化2002年)の大ファンで、このスコラ学的命題「罪を知る者に罪はない。ならば汝の罪は何か」にすっかり魅了されてしまったのです。

以下もその関連投稿となります。

ティンダロスの猟犬」とは何者か?

クトゥルフ神話に登場する生物。名前は「ティンダロスより来たる、猟犬のように追い立てるもの」の意で、初出作品はフランク・ベルナップ・ロング(Frank Belknap Long Jr, 1903年~1994年)の「ティンダロスの猟犬(The Hounds of Tindalos,1929年)」。作中の人物が、自分を獲物にしようとしている存在に対して忌々しく「ティンダロスの猟犬め」と呟いた事から名付けられた。

アメリカのホラー小説家、SF作家、詩人。『スーパーマン』や『グリーンランタン』などのアメリカン・コミックスの原作を手がけたこともある。アメリカ合衆国ニューヨーク生まれ。ニューヨーク大学中退。「宇宙的恐怖(Cosmic Horror)」ジャンルの創始者ハワード・フィリップス・ラヴクラフトとの交友は双方のアマチュア時代から生涯にわたり、文字通り弟分ともいえる存在であった。

ウィアード・テイルズ』誌1924年11月号に "The Desert Lich" を発表してデビュー。以降、『ウィアード・テイルズ』および『アスタウンディング・サイエンス・フィクション』誌に精力的に寄稿。 クトゥルフ神話関連のものも執筆。生涯に25の小説、150の短編小説、8つの短編集、3つの詩集、その他多くのノンフィクションや漫画の原作を残した。

ロングのクトゥルフ神話第2作であり、怪物「ティンダロスの猟犬」の初出作品であり、日本では大瀧啓裕によって訳されたバージョンが青心社から出版された『クトゥルー5』に収録されている。

東雅夫は『クトゥルー神話辞典』にて、「角度を通って襲来する異次元の魔物という卓抜な着想で知られる、ロングの代表作」と解説している。

ラヴクラフトも直後にティンダロスの猟犬の設定を自作に輸入しており、神話に組み込まれている。

またロングも、本作の発表から55年後の1984に発表した"Gateway to Forever"(仮訳:永遠への戸口)に猟犬を再登場させているが、こちらの作品は日本では未翻訳。

 おそらくそれについて言及する事自体は不可能とされるおぞましくも怖ろしい行為により「空間=湾曲行為を通じて顕現する清澄なる曲線概念」と「時間=屈回行為を通じて顕現する不浄なる角度概念」が絶地天通状態を達成した結果、前者に由来する世界に生きる我々が真の意味で直線概念に到達する事が不可能となった様に、ティンダロスの住人は真の意味で曲線概念に到達する事が不可能となったのです。そしてそれ以降奴等(The Things)=ティンダロスの住人は、我々がかかる既存秩序を侵犯すると、必ずやその振る舞いを察知し番犬(The Hounds)として罰を与えるに現れる様になったのです(少なくともそう言う風に我々の側からは見える)。

  • そもそも、かかる「清澄」「不浄」観はあくまで我々側の主観に基づく恣意的解釈に過ぎず、彼らの側ではその価値観は完全に逆転している可能性も指摘されている。その争点自体が人間に理解可能な思考や道義の様式も善悪観も超越しており、彼らの側ばかりに正解があるとも限らないが、いずれにせよ彼らは我々にとってシステム的に「一度その興味を引くと時空を超越してどこまでも執拗に追い立ててくる脅威」として実在している訳である。時間遡行行為そのものばかりか、過去視や未来視によっても発見されるリスクが存在するから恐ろしい。

  • 絶地天通」は「国語楚語下楚辞に収録される歴史的単語。そもそも「易経」的二進法を基調とする中華文明圏の語彙においては「絶-地天-通」と「飛-行-機」「視-聴-者」の如く三文字熟語的シンコペーション(Syncopation=跳音)を刻む四文字熟語自体が極めて珍しく、しかもその用法自体が「華夷秩序=南方文化圏との峻別による中華文明中心主義アイデンティティの確立」に深く関わっているとあっては、その概念形成過程自体に奴等(The Things)すなわち「認識可能範囲外を跋扈する絶対他者(The Absolute without Cognizable)」との関係史を想定せざるを得なくなる。そもそも有体にいって「(アケメネス朝ペルシャの開闢に至るオリエント世界において一貫した独自性を維持する為に育まれ文献が積み上げてられてきた)ヘブライ中心主義民族アイデンティティギリシャ中心主義民族アイデンティティ」の様な諸概念もまた(概ね文化的に優位状態にある)中心勢力の拡散過程において、(距離的制約などの重複的理由によって)かろうじて即座に自動的に併呑される展開だけは免れ得た(日本や英国の様に一定規模の島国単位で自然形成されるケースを典型例とする)周辺勢力が対抗手段として形成してきたものであり、かかる概念の導入を求めるなら、いよいよ中国人もこの問題との直面が不可避となる訳である。

    臼と杵と天孫降臨と

  • ちなみに「ティンダロスの猟犬(The Hounds of Tindalos,1929年)」で標的とされる時間遡行者が時間遡行の手段として選んだのは神秘的な中国の幻覚剤「遼丹リャオタン)」の服用。「認識可能範囲外を跋扈する絶対他者(The Absolute without Cognizable)」との接触や技術的利用法が記されているとされる「ネクロノミコン (Necronomicon, 死霊秘法,西暦730年) 」原題「アル・アジフ(Al Azif)」をシリア・ダマスカスで執筆した「狂える詩人アブドゥル・アルハズレッドアブドゥル・アルハザード)もまた白昼の市街で衆人環視下「見えない怪物」に貪り食われる最後を遂げたとされ、そこには「宇宙的恐怖(Cosmic Horror)」ジャンルの創始者たるH.P.ラブクラフトクラーク・アシュトン・スミスの「千夜一夜物語(Arabian Nights,原典成立8世紀~9世紀頃、ガラン版翻訳1704年~1717年、バートン版翻訳1885年~1888年)」、ウィリアム・トマス・ベックフォードヴァセック(Vathek, 1786年)」、さらにはニューオリンズ在住時代のラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が英訳を手掛け、H.P.ラブクラフトが耽美かつ繊細なエドガー・アラン・ポー的世界観から脱却する際に重要な示唆を得たとされるゴーティエ或る夜のクレオパトラ(Une nuit de Cléopâtre, 1838年)」といった異国情緒作品群への深い傾倒が見て取れる。この様に「宇宙的恐怖(Cosmic Horror)」ジャンルは、かかる「(欧州中心史観視点観点から出発した場合の反対側の極限としての)周辺文化」を当初の背景構造として出発しながら、その視線を(当時の作品群では辻褄を合わせるのも困難な情報断片としてのみ与えられてきただけだった)神話体系そのものに向け直す「位相幾何学的構造(Topological Structure)を維持したまの座標変換(Coordinate Transformation)」を経て「(アンソロジーを編纂して単行本として出版するのに向いたクトゥルフ」なる新ジャンルは産声を上げたのだった。

  • ここで意外と日本人が見落としがちなのが「宇宙的恐怖(Cosmic Horror)」ジャンルの創始者たるH.P.ラブクラフトにそれに向けての示唆を与えたラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が「欧州文学が不完全な形でしか到達出来なかった深淵」の延長線を探す旅の果てに日本の伝承文学の世界に辿り着き、それを海外に積極的に紹介し続けた歴史。例えば、調布まで吹雪に閉ざされる世界週末的情景を背景に自然の神秘の象徴たる雪女がイケメンの樵(きこり)巳之吉をイケメン故に助命し、イケメン故に素性を隠して嫁入り指摘て子供まで生み、イケメン故に秘密を守るタブーを破られても殺さずそっと立ち去る「雪女(Yuki-onna, 1904年)」。どれだけイケメンだったんだ、巳之吉…日本の伝承文学の多くは「出雲国風土記(8世紀成立)」に最古形が残されている様に「神が末裔を現地に残して立ち去る在地有力者起源譚として成立したケースが多いので日本人自身は物語文法的にそれほどの新奇性を覚えないかもしれないが、伝統的タブーが多くここまで自由に発想を展開出来なかった当時の欧米幻想文学に与えた衝撃は計り知れない。あるいは衆道関係にある義兄弟との再会の約束を果たすべく、惜しみなく自らの命を捨てて幽霊となって帰還したパートナーの為に残された相方が復讐を果たす「守られた約束(Of a Promise Kept,1901年。元話は上田秋成「菊花の契」)。この作品が海外に与えた衝撃は「(クレオパトラ女王との目眩く一夜を代償に惜しみなく自らの命を捨てる青年を描いた或る夜のクレオパトラ」のさらに極限の領域まで踏み込んだ耽美譚として読まれた流れも抑えておかないと見落としてしまうし「ランドルフ・カーターの陳述The Statement of Randolph Carter, 1919年)」におけるランドルフ・カーターと親友にして神秘主義者のハーリー・ウォーリンウォーレン、ウォーラン)、「死体蘇生者ハーバート・ウェスト(Herbert West–Reanimator,1921年)」における狂科学者ハーバート・ウェストその無名の助手の関係に典型的な形で現れる様な死と狂気に至るブロマンス(Bromance)との連続性(おそらく同時代に手掛けたC.L.ムーアノースウェスト・スミス(Northwest Smith)シリーズ(1933年~1940年)における「宇宙一の荒くれ者」ノースウェスト・スミスとその「無駄にイケメンな金星人の相棒」ヤロールに次々と異世界の美しき怪物達が次々と襲いかかる世界観にも相応の影響を与えている)が見えてこない。そうまさに「毎回ありふれた勧善懲悪の観点からあっけなく倒し切られてしまうただの怪物」からの脱却こそが次世代に繋がったこの系譜の肝だったのであり、その過程において日本文化は思わぬ形で足跡を残してきたという訳である。

    ラフカディオ・ハーン「守られた約束」について

  • 一方、日本人は日本人で、第二次世界大戦後、便利過ぎた概念上の対立構造の調停手順(Mediation Protocol for Conceptual Conflict Structure)としての二諦論への過剰依存が大日本帝国時代末期における軍国主義への傾斜と密接に関わった事について相応の総決算を求められる展開を迎えたが、それは一部の浅薄なリベラル層が主張し実践する「軍事ファシズム/ナチズム独裁への忌避の徹底」によって達成可能なほど簡単な課題ではない。そもそもイタリアで共産主義が(それから別れ出たムッソリーニの興した)ファシズム運動に敗北し、ドイツのワイマール体制がナチズムに屈した最も重要な遠因の一つは、大日本帝国の様に版籍奉還(1869年)、廃藩置県藩債処分(1871年)、秩禄処分(1876年)といった政策を立て続けに成功させて江戸幕藩体制の残滓を不可逆的に一掃する展開を迎えられなかった事にあった。ならばとりあえずそれには成功した大日本帝国までどうして迷走を余儀なくされたのだろうか? もちろんこの分析にも「認識可能範囲外を跋扈する絶対他者(The Absolute without Cognizable)」概念の導入は不可避であり、そのうちどこまでが当時の時代精神(Zeitgeist)に属し、どこからが現在なお未解決の課題として残っているかについて慎重な峻別を必要とするのだった。

    三木清の「真俗二諦」の理解について

根が文系人間なので、正直こうした概念展開の方が得意分野。水を得た魚の様に筆が走りますが、しかしながら、こうした検討全ての出発点たるべき「真の絶地天通の境界線を見定める戦い」はその領域だけでは決して決着しないので、改めて陸に上がったペンギンに戻る覚悟を決めてヨタヨタと「数理(Mathematical Things)」の世界への上陸作戦へと這い戻らねばなりません。そうまさにポパー反証可能性Falsifiability)担保論を持ち出すまでもなく「誰も(計算自体は可能だが)何が正解かまでは分からない」冷徹な世界。そう「サイバネティックス概念の提唱者ノーバート・ウィーナーNorbert Wiener,1894年~1964年)ですら「誰も科学は最終的には分からん。せいぜい使い慣れるのが精一杯」と、すっかり匙を投げた世界へ…

第一の点は、〈数学の概念は、まったく予想外のさまざまな文脈のなかに登場してくる〉ということ。
The first point is that mathematical concepts turn up in entirely unexpected connections.
しかも、予想もしなかった文脈に、予想もしなかったほどぴったりと当てはまって、正確に現象を記述してくれることが多いのだ。
Moreover, they often permit an unexpectedly close and accurate description of the phenomena in these connections.
第二の点は、予想外の文脈に現れるということと、そしてまた、数学がこれほど役立つ理由を私たちが理解していないことのせいで、〈数学の概念を駆使して、なにか一つの理論が定式化できたとしても、それが唯一の適切な理論なのかどうかがわからない〉ということ。 
Secondly, just because of this circumstance, and because we do not understand the reasons of their usefulness, we cannot know whether a theory formulated in terms of mathematical concepts is uniquely appropriate.
この二つの論点をさらに言い直すと〕第一の点は〈数学は自然科学のなかで、ほとんど神秘的なまでに、途方もなく役立っているのに、そのことには何の合理的説明もない〉ということ。
The first point is that the enormous usefulness of mathematics in the natural sciences is something bordering on the mysterious and that there is no rational explanation for it.
第二の点は〈数学の概念の、まさにこの奇怪な有用性のせいで、物理学の理論の一意性が疑わしく思えてしまう〉ということ。
Second, it is just this uncanny usefulness of mathematical concepts that raises the question of the uniqueness of our physical theories.

近代に至るまでは「(全ての誤差を克服する方法さえ見つかれば)あらゆる計測結果が最終的には一致する筈」なる信念こそが科学研究の原動力となっていた側面が確実にあったのですが、今日ではその維持自体が難しくなってきているという訳です。まさしく「ティンダロスの猟犬」との接戦を余儀なくされそうな展開ですね。

ティンダロスの猟犬」概念を巡る数理

さて上掲の「名状しがたき怪物(The Unnamable)名状(name)し得た時、既にそこには存在しない」概念に従って上掲の情報をフィルタリングすると、概ね以下の情報くらいしか残りません。

  • 世界の外側を「認識可能範囲外を跋扈する絶対他者(The Absolute without Cognizable)」が不可視の状態で徘徊している(疫病や放射能、さらには呪術の領域まで含めコンセンサスとして共有可能で対応策も一応は相応に固まっている脅威はこの範疇に含まれない)。
  • ある種の円形(Circle)/球面(Sphere)防御(Deffence)が、それの世界の内側への侵入を防ぐ(対応策が呪術的でも衛生学的でもない事が重要)。

そう、何よりもまず要となるのは「とりあえず外部から侵入を試みてくる脅威に対して安全地帯を確保する円形(Circle)/球面(Sphere)防御(Deffence)の設定。上田秋成雨月物語1768年~1776年)」「吉備津の窯」において陰陽師が構築する「呪札による霊的防衛網」や小泉八雲耳なし芳一(1904年)」に登場する「全身に筆描記された経文」の20世紀版という訳です。

  • 小説「ティンダロスの猟犬(The Hounds of Tindalos,1929年)」で標的とされる時間遡行者は、部屋の内側の角を石膏で塗り固めた「丸い空間」に閉じこもる。ところが数日後、町を襲った地震によって石膏が剥がれ落ちて角度が露出し、彼の希妙な他殺死体が発見される。

  • この時代の想像力が比較的到達しやすかった恐怖概念だったらしく江戸川乱歩の短編怪奇小説鏡地獄(1926年)」にも「球体の鏡」がアイテムとして登場する。乱歩によれば科学雑誌科学画報」の質疑応答欄における「球体の内面を全部鏡にし、その中に人が入ったらどのように写るでしょうか」なる質問から得た着想で、その概念に恐怖した乱歩はそれに幽閉されて発狂に追い込まれる人物を描いたのである。

  • 江戸川乱歩は観測不能の暗黒惑星が目に見える惑星の軌道を狂わせる概念に注目した「暗黒星(1939年)」や、パースの狂いが中に足を踏み入れた人々の不安を煽る「三角館の恐怖(1951年)」の様な科学的概念そのものが恐怖を煽る構造を採用した作品も発表している。神経症的閉塞感や幻惑感を映像化したドイツ表現主義映画の金字塔「カリガリ博士(Das Cabinet des Doktor Caligari, 1920年)の登場は、とりあえず「不安を煽る照明や影絵」を採用した鈴木澄子主演の日本映画「佐賀怪猫伝(1937年)」「有馬猫(1937年)」「怪猫謎の三味線(1938年)」「怪猫赤壁大明神(1938年)」「山吹猫(1940年)」や米国における「キャット・ピープル(Cat People, 1942年)」「キャット・ピープルの呪い(The Curse of the Cat People,1944年)」といった化け猫映画を国際的に台頭させたが、そうした取り組みはむしろSF小説ブームも擁していた小説の方が先行した。観客を劇場に呼び込める様な有効な視覚化の手段がなかったからである。

角度面でいうと「丸い」という概念が平面上や立体上における幾何学的展開がある種の限界を迎える正六角形(内角120度)と結び付けられているのが興味深いのです。

ティンダロスの猟犬が「歪曲した空間」に現れる場合、120度以下の鋭角が必要となる。 部屋の角、割れた破片など、どれほど小さくとも条件に合致すれば、そこから青黒い煙が噴き出し、固まり、青い膿汁にまみれた原形質の実体が構成される。 逃れ得る方法は「鋭角をなくす事」。

一辺の長さが1の正六角形は単位円に内接する。このとき、正六角形の周長は6であり、これは単位円の円周長より短い。単位円の直径は2であるので円周率=円周長/直径)が \frac{6}{2}=3より大きいことの簡便な証明としてよく用いられる。古代より、この性質によって円周率が約3であることが知られていた。

そんな感じで以下続報…