「諸概念の迷宮(Things got frantic)」用語集

本編で頻繁に使うロジックと関連用語のまとめ。

【用語集】ル・ボンの群衆心理学成立からヒッピー教祖の社会的成功まで。それとマルクスの思想/マルクス主義との関係について。

まずはル・ボンの群集心理学を批判する形でタルドのメディア公衆学が成立。

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群衆心理(La psychologie des foules,1895年)」によって心理学者としての名声を確かなものとした。彼は同書の中で「今われわれが歩み入ろうとしている時代は、群衆の時代である」と論じる。ここで、群衆とは、その構成員すべてが意識的人格を完全に喪失し、操縦者の断言・反復・感染による暗示のままに行動するような集合体である。そして産業革命以後の社会現象の特徴が、人びとをこうした群衆心理下に追いやるものであると結論付けた。

現在は人間の思考そのものが変容しつつある危険な時代の一つをなしている。この変容の基盤には。二つの本質的要素が存在している。

我々の文明のあらゆる要素の深淵となっている宗教的・政治的・社会的信念の崩壊、これが第一の要素である。

第二の要素とは、現代の科学と工業の発展によって生み出された、まったく新しい思考や存在の創出である。

過去の思想は、揺るがされつつあるとはいえ依然として強大であり、それに取って代わるべき新しい思想はいまだ形成途上である。現代は過渡期であり、無秩序が支配する時代なのだ。

世論と群集(L'opinion et la foule,1901年)」を刊行してル・ボンの群集心理学を批判。直接対面的な関係によって結合する群集に対して、メディアを介した遠隔作用によって結合する公衆概念を提示した。

オルテガハンナ・アーレントル・ボンの群集心理学側の立場に立つ?その基底にあるのは「大衆の反知性主義」に対する基本的侮蔑とも。

1920年から始まるトーキー映画登場に対応してイエズス会会士がカキテズモの一種として起草した「ヘイズ・コード(Hays Code,The Motion Picture Production Code of 1930,起草1929年,履行1934年)」においてタルド模倣犯在学メディア公衆論が援用されるも、(心の底軽蔑してるくせに、都合の良い時だけ大衆の皮を被る)俗流モラリストがヘイズ・コードの文面を好き放題拡大解釈して暴れ回る。

ヘイズ・コード(Hays Code)序文

正しいエンターテイメントは国民全体の水準を引き上げ、間違ったエンターテイメントは国民の道徳的理想を引き下げ日々の生活を過酷なものにする。そして(劇場ごとに客層の異なる演奏会や芝居と異なり)フィルムに焼き付けられた映画の上映会は観客を選ばないので(子供もギャングも見に来る為)特に内容を慎重に吟味する必要がある。

  • 書物は冷ややかに説明するが、フィルムは鮮やかに提示する。
  • 書物は言葉を通じて心に到達するが、フィルムは撮影内容の再生結果を眼と耳に同時に届ける。
  • 書物が読者から引き出す反応は当人の想像力と熱意に比例するが、映画が観客から引き出す反応は提示の手際の良さに比例する。

とどのつまり良い意味でも悪い意味でもその影響力は書籍や音楽や芝居より顕著で一方的なのであり、だからその影響の範囲と方向性を「映画を通じて悪行は悪いもので、善行は正しいことであると観客が確信する」形に限定せねばならない。特に悪党に犯罪のヒントを与えたり、人々の心に粗暴な振る舞いや犯罪や麻薬や不実な愛といった悪徳への憧憬を惹起する様な振る舞いだけは絶対に避けねばならぬ。

②この様に20世紀前半にはル・ボンの群集心理学タルド模倣犯罪学やメディア公衆学トーキー映画の普及などが国際的に一斉展開した。そして、それ以前から広まっていたカール・マルクスの思想と併せ日本の思想史にも大きな爪痕を残すのである。

  • 和辻哲郎(1889年~1960年)は、カール・マルクスドイツ・イデオロギー(1845年~1846年)」にある「意識と言葉は社会において同時発生する」なる一節とタルド模倣犯罪学を結びつけ「(ロビンソン・クルーソー的個我から出発する哲学でも、デュルケーム的方法論的集団主義でもない第三の路線として)(関係性)の思想」として「人間共同態の存在根柢すなわち人間存在の理法(倫理学』上)」和辻倫理学を創設した。

    倫理学と社会学の間

    主体は確かに自我であるが、それは同時に他人の自我でもある。無数の自我が勘定に入ってこなければ主体の問題は解決されない。カントが主体は本体であってそこに範疇は当てはまらないと考えた様に、主体の問題は処理の困難な問題ではあるが、実際問題としてはコーヘンの所謂法人意思の様な自我聯関的な主体が存在して働いている。その間の真相に肉薄していかなければ倫理学の突っ込みは足りなくなる(和辻哲郎「根本の考」)

    ただし具体的解釈対象として(おそらくハイデガーギリシャ古典解析につられて?)「古事記」や「日本書紀」や国学古典を選んだ事から、その内容が「日本人こそ最も倫理的な民族」と主張するものなったという指摘も。

    (戦後社会学中興の祖の一人たる)丸山真男和辻哲郎について「結局、和辻先生は、既成事実になったものを合理化するという人なのです。その理屈がうまいのだな。」と述べている。

    「(形而上的諸概念に一切頼らず)揃えたエビデンスにのみ立脚して(あらかじめ用意された結論に向けて)論を立てるアメリカ式実証主義までは到達していたが「閉世界仮説を採用すると空集合となる筈の全体集合の補集合に次々と追加される新要素を捌く流儀に一貫性を持たせるフランス式実証主義までは到達し得なかったという事なのかもしれない。

  • 一方「戦前日本へのマルクス主義理論の紹介者戸坂潤は「群衆は原始状態に回帰して無意識下で動いているに等しい」とするル・ボンの群衆心理学を「群衆は指導者と自らを同一視する独特の催眠状態にある」と考えるフロイト精神分析に結びつける一方、社会心理学の方法論的個人主義的アプローチそのものを全否定する(同様にデュルケームの方法論的個人主義アプローチ、オーギュスト・コントマンハイムやパレートの掲げた知識社会学にも欠陥があるとし、マルクス主義の掲げる文化社会学に軍配を上げるのである)。一方、タルドの理論についてはそのほとんどを「ル・ボンの群衆心理学と同値」の一言で片付ける一方で「イデオロギーの心理学は論理学となる」と考える立場から、タルド論理の内の意欲の作用を指摘した点は高く評価する。戸坂潤の思考法でユニークなのは、宗教的制約から解放される事でアカデミズムが科学的実証主義に到達した様に、ジャーナリズムもまた資本主義的制約から解放される事でやっと(群衆の無意識に従うのではなく、逆にこれを訓練して指揮する)真の姿に到達するという民主集中制な考え方であり(マルクス主義の本質が総力戦体制であるが故の必然)だからそもそもタルドの公衆メディア論ル・ボンの群衆心理学の相違点すら視野外にい追いやられてしまったとも見て取れる。以下はその戸坂潤「イデオロギー概論(1932年)」からの引用。

    意識の分析から出発する社会心理学は第一に、社会の心理学的研究の形態をとる。W・マクドゥーガルは、社会に関する諸科学の専門家達が心理学に対する素養に乏しいために、諸社会科学が正常な見透しを欠きはしないかを警告している。

    • この見方からすれば、社会の諸事象は、心理学的見地(意識から出発する)に立つのでなければ、正しく理解・説明・記述出来ないと考えられる。否、心理学的見地に立つことだけが、心理学的(それは結局個人心理学的)方法だけが、唯一の社会学的方法となる。そして若し社会学が、社会を何か人間の心と心との関係というようなものと考える限り、社会学自身の側からもこの主張は承認されねばならない筈である。
    • かくて社会の諸事象は意識によって、意識を説明原理として、初めて説明されることとなる。吾々は処で(前にも云ったが)凡そ存在を意識によって説明せねばならぬと考える仕方を一般に観念論と名づける。今や社会は、即ち又歴史は観念論的歴史観(云わば唯心史観)によって説明されねばならなくなる。このようにして社会心理学の本質は、第一に、観念論的歴史観を意味するのを注意しなければならない。この場合の社会心理学の宿命から云って、この多少悲劇的な乃至は寧ろ喜劇的な結末は必然であった。

    社会心理学のこの観念的歴史観を最も露骨に示すことを恐れなかったものは、最も勝れた代表的な社会心理学G・ル・ボンである。彼によれば、著しい歴史的な出来事は、歴史家達によって之まで決して充分な説明を与えられることが出来なかった。その理由は何より先に歴史家達が心理学的見地に立つことを忘れたからなのである。

    • 歴史家達は、歴史を動かす人物の性格(指導者や群衆の)心理に関して殆んど全く無知であった。歴史的運動の初めの衝撃は、往々人々の想像するように群衆によって与えられるのではなくて、却って幾人かの指導者達によって与えられるのであるが、この衝撃に従ってその後の運動を実行に移すものは矢張り群衆でなければならない。だから著しい歴史的諸事件は皆、群衆による運動として結果しているのである。
    • で歴史の運動を結果する動力は、群衆に、而かも群集の心理に、横たわる。この群衆の心理を知らなければ、歴史の真の原因は見出すことが出来ず、従って歴史は不可解な謎となるだろう。
    • 処が群衆の心理の特色は、それが決して理性的な論理を以ては動かないという点に存する。そこで支配するものは本来の推論ではなくて一種のアナロジーに過ぎず、原始人に見出だされると同じい感情の論理に外ならない。ル・ボンは之を「集合論(logique collective)」と名づける。「群衆精神(me des foules)」は至極衝動性や暗示性に富み、丁度催眠状態と同様な一種の無意識現象を呈するのであるが、其処に動くものが、この集合論理なのである。
    • この論理に於てはもはや理知はその部署を捨てているから、その限り夫は一種の神秘的な力によって動かされる。論理は信念(信仰)に場所を譲らなければならぬ。群衆の精神を動かすものは宗教であるということになる。だから歴史を動かすものも亦、今群衆を動かした処の宗教である。歴史の原動力は、理性ではなくして宗教である。処が歴史家達は、群衆の心理のこの特色を知っていないがために、歴史的出来事の結局の原因を突き止めることに成功することが出来なかった。彼等は歴史が何か合理的な意識によって指導されるかのように想像しているからである。

    こうル・ボンは主張する。この観念論的歴史観に立って、彼によれば歴史家達が説明し難い最も不可解な歴史現象と考えるフランス革命を、説明するのに成功したと彼は考えている。

    • なおこの種の論理の解明はリボータルドの夫とは全く軌を一つにしていることを注意すべきである。

    ル・ボンによる巨大な一連の社会心理学的研究の諸労作は、現代に於ける唯心史観の、恐らく最も恰好な見本であろう。なる程之まで、歴史の合理的な原因が首肯出来る程度に与えられなかった場合、このような(意識による)説明も亦、夫が一応統一的である限り、決して無益ではない。だが吾々は今、このような史観が一般にどのような欠陥を有つか、それが又どのような社会的勢力と結合しているか、又それからル・ボン自身がどのように俗流的な無責任な結論を引き出だすか、などに就いて語る必要を有たない。問題は、社会心理学という科学が、このような場合(意識から出発する場合。そうでない場合もあった筈であるが…)如何に観念論的歴史観に到達せねばならないかを、この代表的な社会心理学ル・ボンに於て見ることが出来る、という点に存在する。

    ル・ボンの群衆心理学を、独特な仕方で補ったのがフロイトであった。フロイトル・ボンの群衆心理学の内に、自分の深層心理学(Tiefenpsychologie)と同じ結論を見出す。

    • ル・ボンは、群衆の心理が至極催眠状態に似ていることを指摘し、群衆が原始人と同じ意識状態に置かれるものであると主張する。之等の記述はフロイトが見た精神の規定と誠に能く合致するだろう。併し何より大事な一致は、ル・ボン群衆心理を一種の無意識現象と見た点に横たわっている。
    • 群衆は自主性を失った無意識の内に行動する。処が無意識こそはフロイトによれば、精神の深い奥底であった。ル・ボンが群衆心理に於て見た処のものは、今云った限り、実はフロイト精神(それは併しまだ群衆の精神ではない)に於て見た処のものである。だからそこで、フロイト精神分析は、ル・ボンの群衆心理学にまで移行して然るべきではないか。こうやってフロイト精神分析学は社会心理学(特にここでは群衆心理学)の領域へと進出する。
    • ル・ボンによる無意識の概念と、フロイトによるそれとの間には併し、見過すことの出来ない一つの根本的な相違が横たわっている。外でもない、フロイトの無意識は、その特有な一部分として欲望の抑圧されたものを含んでいた。そしてこの抑圧されたものとしての無意識こそ、フロイト精神分析の理論と技術との槓杆だったのである。
    • フロイトは理論のこの槓杆を用いて、精神の諸現象を説明しようと企てる。そこで群衆心理も亦、フロイトによって同様の仕方で説明され得なければならない。ル・ボンは群衆心理の特徴を単に記述したに止まる、精神分析は、之を原理的に説明することが出来る、というのである。
    • 群衆が一種の催眠状態に陥ることは何を意味するか、群衆が原始人の意識状態に還るとは何の意味であるか、何故群衆は無意識的に原始的・反社会的な行動をとるのか。凡そ群衆によって生じる精神のこれ等の諸変化はフロイトによれば、リビドーと社会による夫の抑圧とによって説明されるわけである。
    • 人間の精神はただ社会的歴史的(乃至遺伝による)強制によってのみ原始状態から引き離されている。人間の原始的な自己愛のリビドーは併しただ抑圧されて眠っているだけで、決して死んでいるのではない。原始的な自己愛のリビドーが有つ直接的な性的欲望と、目的の実現を抑圧された性的欲望とが、同時に存在するのが愛着(Verliebtheit)ということであるが、その際愛着の相手が自我理想(超我)となり、直接な性的欲望の目的実現が禁じられたのが催眠の現象である。
    • 催眠(愛着も亦)は二人の人間の間の関係であるが、群衆とは恰もこの催眠を複合した処のものである。ここに群衆心理催眠状態と同じである原因が横たわる。だが群衆の現象催眠現象と異る処は、夫が個人の他の諸個人に対する同一視(Identifizierung)を加えているという点である。
    • と云うのは、一つの集団内の各個人は、オイディプス錯綜に於ける嫉妬の対象たる父を意味する処の、指導者・指揮者・将軍・長老等に取って替わる代りに(それが結局許されないから)、せめて自分を之と同一視して満足しようとする。これはやがて各個人間の同一視を容易に結果する。ここに集団が(例えば軍隊や教会の様な人工的で永続する群衆が)成り立つというのである。
    • 集団乃至群衆はリビドーによって成立する。それは原始的な性的欲望の一つの満足形式に外ならない、それはその限り原始時代への退行を意味する。群衆が原始人の意識状態に帰り、又時としては反社会的・犯罪的・行動に出勝ちなのは、ここから説明されることが出来る。フロイトはこうしてル・ボンの群衆心理学に一つの説明原理を補足する。
    • (要するに)フロイトによれば、群衆は、集団は、従ってやがて又社会は、愛着催眠の延長である。群衆・集団・社会の生命の本質はリビドーと名づけられる根本的な一欲望に過ぎない。

    ル・ボンの観念論的歴史観(乃至社会観)は、フロイト群衆心理学によって、誠に遺憾なく、観念論的に補足されたのを見ないか。だが一般にフロイト主義が個人心理学的方法による処の、即ち意識の分析から出発する処の、理論であった限り、群衆心理学に於けるこの不始末は初めから必然的であった。

    現代人の観点からすれば、ここで切り出された「社会心理学的アプローチ」とパレートの知識社会学的アプローチの間には相違点より共通点が多い様に思える。

    パレート(Vilfredo Frederico Damaso Pareto,1848年~1923年)は人間の行為を論理的行為(理性的行為)と非論理的行為(非理性的行為)に分類し、経済学における分析対象を人間の論理的行為に置いたのに対し、社会学の主要な分析対象は非論理的行為にあると考えた。つまり現実の人間は、感情・欲求などの心理的誘因にしたがって行動する非論理的傾向が強く、しかも人間の非論理性が社会の構造を規定しているとみなしたのである。このような行為論は、その後アメリカの社会学タルコット・パーソンズの社会システム論に影響を与えることになった。

    この時代の思考様式としては(パレートも私淑した)「フランスへのマルクス主義紹介者ジョルジュ・ソレル(Georges Sorel,1847年~1922年)の「暴力論(Réflexions sur la violence,1908年初版)」に現れる考え方の方がより洗練されている様に見える。

    党争に明け暮れるフランス第三共和制(1870年~1940年)の政治に失望したソレルは、フランス革命自体も同様に行き当たりばったりの党争の産物に過ぎなかったと考える様になる一方、革命政府にどれだけ虐殺されても決して屈しなかった王党派側の不屈のメンタリティへの関心を強めていく。

    そしてその本質は「それぞれの個人に徹底抗戦のみを選択させる神話の共有」にあり、フランスの労働者に労働運動への意欲を復活させるには同等の何かを精神注入する必要あると考えるに至る(マルクス主義の本質が総力戦体制であるが故の必然)。この概念をカール・マルクスドイツ・イデオロギー」にある「社会において意識と言葉は同時発生する」なる言葉に代入するなら「プロレタリアートは、プロレタリアート神話の注入によりプロレタリアート意識を獲得し、プロレタリアート社会構築を目指す様になる」といった文面となる。この考えは後に(国民統合の手段に苦しんでいた)ファシスタ党(Partito Nazionale Fascista,PNF)のムッソリーニに受容されファシズム理論の中核に据えられ、さらには国民社会主義ドイツ労働者党(Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei,NSDAP)の指導者原理採用にまで影響を与えた。フロイトナチスに一切恐怖感を抱かなかったとされるが、それは(戸坂潤が切り取って見せた範囲で)彼自身の理論と完全に合致していたからでもあった。

    ドイツイタリアは日本の様に「白村江の戦い(663年)」後の大陸からの追撃の恐怖、鎌倉時代元寇(第1回1274年,第2回1281年)や幕末期(1853年~1868年)における列強到来を契機とする「危機感の共有」を足がかりに次第に国民統合の準備を整え、一気に版籍奉還(1869年)、廃藩置県と藩債処分(1871年)、秩禄処分(1876年)を遂行して近代化した国家ではなかった。それで代わりに即効性の強硬手段採択が有望視される歴史展開を迎えた訳である。同様に「旧態依然の国体のまま国際社会に編入されるのは不可能なので共産主義社会団体を経た」と考える国々もある(社会主義瘡蓋(かさぶた)論)。現代人の感覚からすれば、こういう展開こそが(ソレルいうところの)神話に該当するのではないかと思われる。

それではタルドのメディア公衆論は日本に伝来しなかったかというと1930年代小津安二郎の「小市民映画」批判にそれらしい理論が見受けられない訳でもない。ただそれはあくまで(戸坂潤が「宗教的権威性からも資本主義的需要供給関係からも解放されたアカデミズムとジャーナリズムが達成すると考えた)「プロレタリアートは、プロレタリアート神話の注入によりプロレタリアート意識を獲得し、プロレタリアート社会構築を目指す様になる」神話の日本人へのインストールの阻害要因、別の神話をインストールしてしまうライバルとして党争を挑んだという、ただそれだけの展開に過ぎなかったのかもしれない。

逆に個人の側からすれば「神話をインストールされる」とは「(あらかじめ行動可能範囲が定められた)アドベンチャーゲームのシナリオを渡される」様なものなのかもしれない。それではその端まで辿りついてしまったら? そこで「閉世界仮説を採用すると空集合となる筈の全体集合の補集合に次々と追加される新要素を捌く流儀に一貫性を持たせるフランス式実証主義の出番となる訳である。

ヒッピー文化は元来1950年代マルクス主義と無関係に発祥した。当初は鈴木大拙の語る禅の精神などに傾倒したが「(彼ら自身の語彙で語るなら)記号として消費した」に過ぎず、本格的に血肉化した訳でもない。マルクス主義に対する態度も似た様な感じ。

その後、カウンタカルチャーの担い手として台頭してきた米国ヒッピー世代のマルクス主義はより一層「この偽りの現世を破壊し尽くす事でしか、真に生きる価値のある世界は始まらない」と思い詰めるグノーシス的反世界神話への陶酔を深める一方、教祖間の党争を激化させていく。こうした変化を経る過程で上掲の様に20世紀前半に(総力戦を戦える体制構築の為に)重視された「タルドのメディア公衆論」の取り込み(あるいは超克)なる課題は次第に忘却の彼方へと追いやられて行く。

  • いや正確には「タルドのメディア公衆論」は「マクルーハンのメディア理論」に継承され、その全体像が「資本主義社会を支える基本インフラ」として敵視されるに至ったとも考えられる。TVネットワークも「TV宣教師が信者を増やす手段」としてしか捉えず敵視していたくらいだし。

  • こうした世界観独特の雰囲気をよく掴んでいたのがギレルモ・デル・トロ監督映画シェイプ・オブ・ウォーター(The Shape of Water,2017年)」であったとも。(脚本まで読まないとその徹底振りの全貌が俯瞰出来ないが)ヒロインを囲む日常品の山やTVを流れる映像の全てがマクルーハン機械の花嫁(1951年)」の論理に従った「(ヒッピー達が宣戦布告した)消費者をすっぽり包み込む資本主義による記号の網の目」であり、その全くの外側から「白鳥の騎士」としてアマゾンの半魚人が現れる。物語中に「米帝の手先」や「ソ連の手先」が現れるが、それはヒロインをアマゾンの半魚人が救済するに当たっての阻害要因として立ち塞がるに過ぎず、物語構造そのものとイデオロギー的に完全に無相関(というか、そもそもイデオロギー自体が党争上のライバル意外と相関性を持たない)。

  • 実は「消費者をすっぽり包み込む資本主義による記号の網の目」の構築自体は(あえて無数のスポンサーとタイアップ契約を結んだ)新海誠監督映画「天気の子(2019年)」の方が成功していた様に思う。P.K.ディックSF小説ユービック(Ubik,1969年)」を読んでも明らかな様に、この種の舞台演出は「観客に分かるブランドが全視野を覆い尽くす」事によってのみ達成されるのだから。その一方で「外部から介入してくる/人間側が呼び寄せた」絶対他者は「白馬の王子」どころか一切の反応を予測可能な人格性を備えておらず、超越的に神秘的過ぎるばかりで「(連属した現象として把握するのが不可能なほど離散の具合が激しい)月刊ムーの散発的記事(これ自体も資本主義社会全体にとっては市場経済に組み込まれ消費される記号の一つに過ぎない)」くらいしか現実世界との接点を備えてはおらず、しかも「交渉」が完全に失敗に終わった場合ですら「消費者をすっぽり包み込む資本主義による記号の網の目」を滅ぼす力まではない。そう、この作品にはある意味ヒッピー的なグノーシス的反世界神話=(地球にとって人類は害虫に過ぎず、やがて駆除されると考える)悲観的ガイア仮説への最終死亡宣告でもあったのである。これは本当に悲しい事だけれど「個人の救済を追求するに出来る事はまだあるが、「人類全体を包括的に救済しようとするマルクス主義に出来る事などもうないのである…

  • 皮肉にも、この世代の成功者はむしろ「(マルクス主義的教条を遵守する信者側からではなく)己の欲望が大き過ぎる為に既存の価値観を破壊し尽くしてしまう絶対王政時代の君主の如き存在にして、他の絶対君主との党争に明け暮れるスティーブ・ジョブズミッチ・ケイパーの様な(マルクス主義の立場からすればノイズに過ぎない)教祖タイプから現れた。

    その一方ではGAFAが「消費者をすっぽり包み込む資本主義による記号の網の目」を継承。完全に「マルクス主義の仮面」を脱ぎ捨てるに至る。

どうやら「外界を記号としてのみ消費する傲慢」が「外界に記号としてのみ消費される事への実存不安」が表裏一体となってくる辺りに全体像を読み解く鍵が潜んでいる様です。そんな感じで以下続報…