「諸概念の迷宮(Things got frantic)」用語集

本編で頻繁に使うロジックと関連用語のまとめ。

【「諸概念の迷宮」用語集】「ドーリア人植民市」クニドスの興亡

吃驚するほど淡々としてる…

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クニドス希: Κνίδος, Knidos, 英: Cnidus

アナトリア半島にあった古代ギリシアの都市で、ドーリア人のヘクサポリス6都市連合、Doric hexapolis)の1つ。場所は、現在のトルコの、 ギョコヴァ湾(Gökova)に面したダッチャ半島Datça Peninsula)にあり、地元ではキールTekir)と呼ばれている。

 遺跡

クニドスの一部は本土にあり、一部はトリオピオン島Triopion)またはクリオ岬Krio)にあった。島か岬かについて意見が分かれるのは、古代に橋によって結ばれていたという事実に起因する。現在は狭い砂の地峡によって繋がっていて、Deveboynu岬と呼ばれている。橋を架けることによって、島と本土の間の海峡に2つの港が作られた。そのうち南側の大きな方は、今でも完全な状態で残っている、2つの強固な造りの突堤に囲まれていた。

全長は1マイル1.6km)未満で、城壁内の全地域は建造物の遺跡が密集している。島・本土両方の城壁は全体で環状をなしている。多くの場所、とくに町の北の端にあるアクロポリスの周囲はきわだって完全である。この遺跡が西洋に知られるようになったのは、1812年のディレッタンティ協会の業績と、1857年~1858年C・T・ニュートンによる発掘に負うところが大きい。

クニドスの歴史

太古の都市で、ギリシアの、おそらくスパルタラケダイモーン)人の植民都市だった。

  • コス島ハリカルナッソス現在のボドルム)、それにロドス島のリンドスカメイロスイアリソスIalysos)といった都市とともに「ドーリア人のヘクサポリス6都市連合)」を形成し、Triopian岬では同盟の会議と、アポローン、ポセイドーン、ニュンペー(ニンフ)たちを祝う3大競技が催された。
    メソポタミアのアルミナやエジプトのナウクラティスを介した交易を通じて東方化様式を開花させた「ドーリア人商圏」と縁が深い。

  • 最初は60人のメンバーから構成され、1人の行政官が議長を務める、寡頭制の元老院によって統治されていた。古い一族の名がかなり後の時代まで続いていることが銘によって示されているが、その構成は一般の人気に左右されていた。
  • その場所は商業に適していて住人は相当な富を蓄え、それでリーパリ島を植民地化したり、アドリア海コルチュラ島に都市を建設した。
  • 最後にはアケメネス朝ペルシャ大キュロスに屈し、エウリュメドンの戦いBattle of the Eurymedon)からペロポネソス戦争後期にかけてはアテナイの支配を受けた。
  • さらに、勢力を拡大したローマ帝国にもあっさり忠誠を誓った。ローマはアンティオコス3世に対する加勢へのほうびとして、クニドスの自治を許した。

東ローマ帝国の時代は、まだかなりの住民がいたに違いない。ビザンティン建築に属する多くの巨大な建物が廃墟の中に含まれるためである。キリスト教の埋葬所も近隣に普通にある。

以下続報…